チャリンコ日本一周記

女だってひとりで旅したい。23歳で旅に出て、帰ってきたのは26歳。自転車にテント・寝袋積み込んで、ゆっりたっぷり日本を楽しんだ傑作漫遊記。「どうしてそんなにかかったのか」って？　それはまあ、いろいろありまして…。2007年新版発売中。

　　　　　

まえがき

「自転車で日本一周？ 何でまたそんなこと思いついたの？ きっかけは？ 目的は？」
旅に出る前、よくこんな質問をされましたが、その度に私は答えに困りました。
「何でと言われてもねえ、なんか面白そうだと思ったから……」
としか答えられません。でもそう言うと、ふーん、と皆がっかりしたような顔をし、半ばあきれられます。 旅に出るのは学生の頃から好きでした。私の場合、旅に出たいという気持ちは食べたいとか眠いとかいうのと同じで、お腹がグーグーいうから食べる、眠たいから眠るのと同様、旅に出たいから旅に出るのです。一種の本能と言っていいと思います。だから、なぜ旅に出る？ と言われても、なぜ食べるの？ と聞かれるのと同じくらい答えに困るのです。「日本一周なんて今時はやらないよ」と言われたこともあります。しかし「はやり」でやるわけではないのです。「うわあ、おいしそう！」とケーキにとびつく女の子のように、すきっ腹を満たすべくチャリンコにまたがって家を出たのであります。きっかけなんてそんなものなのです。それは夢というほど大げさなものでもありませんでした。
ただ外国よりも日本をまわってみたいと思いました。学生の頃は北海道に魅せられ、休みの度にリュックをかついで出かけていましたが、初めて訪れたときは日本にもこんな雄大で美しい景色が見られるところがあったのかと、非常に感動しました。それまで外国にばかり気をとられていたのが、たまたまお金が十分貯まらずに「仕方がないから北海道で我慢するか」と思って行ったところ、ハマってしまったのです。景色も良かったけれども北海道にはおもしろい旅人が多いのです。そして、そういう人たちと言葉の壁なく話せるというのは国内旅行の大きな利点でした。旅のおもしろさの半分は人との出会いにあります。その出会いの中で、言葉に不自由しないというのは何ともありがたいのです。そうして何度となく北海道を訪れるうちに、北海道だけでなく日本全国旅してみたいと思うようになったのでした。
なぜチャリンコかというのにも大した理由はありません。日本一周の手段は何でも良かったのですが、バイクは免許がないし、車じゃ味気ないし、歩きはしんどいから、やっぱり自転車がお金もかからず適度に楽で、一番オテゴロだろうと思ったのです。スポーツとしての自転車の経験は全くありませんでしたが、自転車の乗り方くらい知っていたので大丈夫だと思いました。ただ、パンク等一通りの修理技術だけは出発前に教わっておきました。貯めた資金は四十万。途中で無くなればその時はその時だと思いました。
こうして旅に出たわけですが、思い出になるだろうと思って初めの頃は日記を付けていました。でも一冊、また一冊とたまる一方で荷物になります。家に送り返せば母に読まれてしまう。なにせうちの母ときたら人の手紙も全部読んでしまうという危険人物なのです。それで、日記代わりにその日の出来事を手紙にして家に送ることにしました。
手紙を送るようになってから家族の反応はガラリと変わったように思います。それまで、「帰ってこい」の一点張りだったのが次第に応援してくれるようになったのです。家族の皆も少なからず私の手紙を楽しみにしていてくれたようです。
手紙がたまるにつれて、これをまとめてみたらという声が家族の間であがりました。私の方でも、旅の記録を本にして、道中お世話になった方々や私の旅を支えてくれた人々に読んでもらえれば、という気になりました。
そうして出来たのがこの本なのですが、なにせ本を読むことも滅多にない活字嫌いな私が、本を書こうというのだから大それた話です。つたない文章ではありますが、私が経験した感動を少しでも分かち合えたらと思います。